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フィリピン ハゲ ちゃびん日記

フィリピーナと結婚し、1女を設けてしまい。フィリピンに滞在すること事を決意。既に、数年を経過。。。フィリピンから見た日本そして、日本人から見たフィリピン。何が正しく、何が間違いなのか、混沌する世界をさておき、ひたすらに、文化の違いに悪戦苦闘する日々を綴る

フィリピン独り言5 (中庸)

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海外で暮らすと、良く分かる事。

日本人は世界一、は間違いです。それぞれの民族、国民が、それぞれプライドを持って生きている。それは、フィリピンであっても同じ。

 

愛国心や誇りは大切だと思うが、それに囚われていると、周りが見えなくなってしまう。ひたすらに、批判を繰り返し、こちらの方が凄いという思い込みが続く。外から見ると、それは非常に滑稽であり、社会が硬直化する主要因ではないかと考えてしまう。

 

日本人は元来、誇り高く、愛国心の強い民族だったのでしょうか?

これには、私は疑問を持っています。元々、日本人が持っていたのは、郷土愛であり、愛国心とは似ているが少し違うと思う。そこには、経験に裏打ちされた、郷愁があり、良い部分、悪い部分も含めて懐かしむ。

 

日本の長い歴史は他国との、熾烈な争いの中にあったわけではない、日本人は、遠い昔より朝鮮より鉄器製造を習い、磁器製造を習い、儒学を習い、中国よりは文字を輸入し、仏教を輸入した。それを、日本風にアレンジしていくことで日本人の文化は作り上げられてきたのではなかろうか?

そこには、最近流行りの「日本スゴイ」の思想ではなく、謙虚に他国より学び、ただ取り入れるのではなく、日本へ適した形にてアレンジを行い、日本風に昇華させてきた。これは、車においてもラーメンにおいても、同じ事が言える。ひいては、オリジナルを凌ぐ程のクォリティーを完成させる、結果としてスゴイという事になったのでは?

 

謙虚な姿勢で、他文化より学び、郷土を愛するがゆえ、郷土へアジャストする形でアレンジしていく、それによって今が作られ、新たな日本風を創造した先人に敬意を表する。それが、日本文化であるのではと最近考える。(フィリピンでは、時間がゆっくり流れるので、考える時間は山ほどある。)

 

今の情勢を振り返る。

秒単位で株価は上下し、情報はあっという間に世界中を網羅する。グローバリズムが否応なく世界を覆い、時間が猛スピード進み、人は付いて行くのに精一杯になっていく。スマホ等のモバイルがなければ生きていけない。そこで誰かが叫ぶ「昔は素晴らしかった」。グローバリズムに対抗するような極端な復古主義民族主義が、「元来、我々は素晴らしい民族だ。」と民衆を鼓舞する。

 

そして敵は、「シナ」だ「チョウセン」だ。

本当でしょうか?もしかしたら、敵はわたくし達の心の中にいるのかもしれません。

 

中庸:論語の一説(難しい概念で説明が難しいです。)

平常の感覚。平均をとるという事ではなく、過不足なく、偏りのない。