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フィリピン ハゲ ちゃびん日記

フィリピーナと結婚し、1女を設けてしまい。フィリピンに滞在すること事を決意。既に、数年を経過。。。フィリピンから見た日本そして、日本人から見たフィリピン。何が正しく、何が間違いなのか、混沌する世界をさておき、ひたすらに、文化の違いに悪戦苦闘する日々を綴る

「奥さん」がケータイ売っちゃった。

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フィリピン妻を持つとよくある出来事。

親戚関係がお金がなくなると、またはお金に困ると、「お金を貸してくれ」。

 

私の”奥さん”の実家はそれほど貧乏な家庭でもなく、椰子の油の小さな工場を経営している、しかし最近は運営もうまくいってないようで、工場を売りに出すとの話は聞いていた。

 

今、工場を売りに出しているそうだ。

嫌な予感がしたが、予想通り”奥さん”より「妹の学費が払えないようで、お金を貸して欲しい」とのコメントが。。。

 

人によるだろうが、私の考え方として、一度貸してしまうと、次回から断る理由がなくなる。まず返ってはこない為、一度仕送りが始まってしまったら覚悟が必要だ。

 

それに、「何で貯金しないんだ。」という日本人として当たり前の思い。以前はそれなりに羽振りの良さそうな暮らしぶりだった。

結果私は、”奥さん”にしかとされたり、険悪になりながらも、頑なに断った。

 

そしたら。。。。1週間後。。。

 

”奥さん”の携帯がない。ちょっと仕事の都合で帰宅を遅くなる旨を伝えようと、鳴らしたが鳴らない。どうしたんだ?と訝知りながらも、帰宅する。

「Sorry, Late arrival. But I don't know why I cannot approach your phone..」

その夜、涙ながらに”奥さん”は告白する。

 

I’ve sold my phone. That’s why...」

 

繋がらない訳だ。

 

3,000Phpで売ったらしい、そして家族にそのお金をを送ったらしい。(1,000Php =約2,500円)私は頭を落とす。何なのだろう、この人達は。

翌日、新しいが型遅れのI-phone5を買いに行った。大分安くなってても約8,000Php。

 

この人達はバカじゃないのかと思う。だったら3,000Php渡した方が、ずっと安上がりである。ショッピングモールの帰り道、"奥さん”は言う「Don't tell my mother. She doesn't know about it.」

 

”奥さん”は私にお金の無心することを諦め、自分の携帯を売ったが、それを家族には知らせていないらしい。”奥さん”曰く、お母さんに心配をかけたく無いとの事。。。実に立派な心がけだ。

 

私の心配事は増えるばかりである。。。

フィリピン独り言5 (中庸)

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海外で暮らすと、良く分かる事。

日本人は世界一、は間違いです。それぞれの民族、国民が、それぞれプライドを持って生きている。それは、フィリピンであっても同じ。

 

愛国心や誇りは大切だと思うが、それに囚われていると、周りが見えなくなってしまう。ひたすらに、批判を繰り返し、こちらの方が凄いという思い込みが続く。外から見ると、それは非常に滑稽であり、社会が硬直化する主要因ではないかと考えてしまう。

 

日本人は元来、誇り高く、愛国心の強い民族だったのでしょうか?

これには、私は疑問を持っています。元々、日本人が持っていたのは、郷土愛であり、愛国心とは似ているが少し違うと思う。そこには、経験に裏打ちされた、郷愁があり、良い部分、悪い部分も含めて懐かしむ。

 

日本の長い歴史は他国との、熾烈な争いの中にあったわけではない、日本人は、遠い昔より朝鮮より鉄器製造を習い、磁器製造を習い、儒学を習い、中国よりは文字を輸入し、仏教を輸入した。それを、日本風にアレンジしていくことで日本人の文化は作り上げられてきたのではなかろうか?

そこには、最近流行りの「日本スゴイ」の思想ではなく、謙虚に他国より学び、ただ取り入れるのではなく、日本へ適した形にてアレンジを行い、日本風に昇華させてきた。これは、車においてもラーメンにおいても、同じ事が言える。ひいては、オリジナルを凌ぐ程のクォリティーを完成させる、結果としてスゴイという事になったのでは?

 

謙虚な姿勢で、他文化より学び、郷土を愛するがゆえ、郷土へアジャストする形でアレンジしていく、それによって今が作られ、新たな日本風を創造した先人に敬意を表する。それが、日本文化であるのではと最近考える。(フィリピンでは、時間がゆっくり流れるので、考える時間は山ほどある。)

 

今の情勢を振り返る。

秒単位で株価は上下し、情報はあっという間に世界中を網羅する。グローバリズムが否応なく世界を覆い、時間が猛スピード進み、人は付いて行くのに精一杯になっていく。スマホ等のモバイルがなければ生きていけない。そこで誰かが叫ぶ「昔は素晴らしかった」。グローバリズムに対抗するような極端な復古主義民族主義が、「元来、我々は素晴らしい民族だ。」と民衆を鼓舞する。

 

そして敵は、「シナ」だ「チョウセン」だ。

本当でしょうか?もしかしたら、敵はわたくし達の心の中にいるのかもしれません。

 

中庸:論語の一説(難しい概念で説明が難しいです。)

平常の感覚。平均をとるという事ではなく、過不足なく、偏りのない。

 

 

 

フィリピン独り言4

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国会が紛糾している様子だ。とは言っても、ネットの中だけなのかもしれないが、実情は良くわかっていないので、あしからず。

 

この私も、政治事にはあまり興味がないまま、大人になってしまったクチで、何か腫れ物に触るように、政治は口にしなかった。サラリーマン時代には営業マンは、「政治の話と宗教の話はご法度だよ。」と先輩から言われていた為、そこには自分の思想性を育む事はしてこなかった。

単純に、法令改正があれば、その部分は勉強し、商品や市場に影響があるかどうか、また逆に商機が新たに生まれるかどうか、そういうモノの見方だけは長けていくようになった。今思う事は、それが間違えだった。

 

私にとってというより、日本という国にとって。

やはり、海外に住むと思うのは、政治はその国民の鏡である。

フィリピンで言えばドテルテ大統領という、凄腕(?)の剛健な政治家が現れた。彼らは、既存の政治を壊す事を求めていた、常に求めていたが、どの政権もあっという間に、権力に溺れ、搾取する側に回った。ドテルテという稀有な人物が、強引にもフィリピンを変えてくれると思っている人間は山ほどいるし、私もやり方がどうであれ変化を少し実感している。

 

森友学園問題」で物議を醸し出した、「教育勅語」を原文と現代語訳を読んでみた。まず、知らないと何も言えないと思ったから。この中で、人々は臣民(皇民、天皇に忠誠誓う民)として、忠義を尽くし、正義の為に生きることを誓う。そして、親孝行し、友人兄弟を大切にし、他人にも博愛の手を差し伸べる。憲法や法律を重んじよ、という記述もある。

私のような無知な人間からすると、確かに天皇の為に勇気を持って運命を捧げよ。という文言も出てくるが、それ以外は至極真っ当な文言のように思えた。

 

その次に出てくる疑問である。これらを推進する方々は、本人様方も生きることに対して、この文言を念頭に置き、暮してらっしゃるのか?ということである。

今の政治家の方々は、他人にも博愛の手を差し伸べ、公共の利益の為には、自分の全てを投げ打ってでも、正義の為に尽力されてらっしゃるのか?

韓国人や中国人を蔑視する事が博愛というのか?

 

まともにご飯を食べられない子供達、お金がなくて行けない大学。親の介護で疲れてしまっている人々。目の前の数値を日々追い、気づいたら子供が大きくなってしまったサラリーマン。その方々に、さらなる公共の正義を求める正義とは何ぞや。

正義という言葉は簡単に言えるが、一体、正義とは何なのか?

今、求められている答えはそこにある気がしてならない。

 

日本の伝統とは、私には難しくて、説明が難しい。

ただ一つ分かる事がある。フィリピンでは投資家とマネージャーは違う、アメリカ式だ。社長がオーナーである事は少なく、社長は投資家から運営を任された、責任者でしかない。成果主義であるがゆえに、組織への忠誠心はない。

 

祖父はダンボール工場の経営者だった。従業員よりも遅くまで、積み上がったダンボールの角を合わせていた記憶がある。「上に立つ人間が、一生懸命真面目に、一番働かないと誰もついてこないんだよ。」

 

 

フィリピン独り言3

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フィリピンに長く住んでいると、何が普通で、何が平均的なのか、わからなくなってしまう。日本はまだまだ、均質的でフィリピンよりはずっと安定している。これは、収入の格差にとどまらない、人々の気質や、教養、夢まで。フィリピン人のお金持ちは、日本人のお金持ちと比較にならないほどお金持ちで、貧乏人は想像以上に貧乏だ。

 

セブ市近郊マンダウエ市に最新設備を持つ、新たな大きな中華系大病院ができている。その名も「CHONG HUA HOSPITAL : チョンワ ホスピタル」略して新チョンワ。既にある、セブ中心街のチョンワホスピタルのニューブランチだ。その中には、フードコートや、サロン、コーヒーショップ迄ある。入院費用もピカイチです。

その裏手には、バラックが並び、病院には行けず道端に野垂れ死ぬような人達が大勢いる。フィリピンコントラストである。何とも、不思議な光景。

 

隙あらば、お金をふんだくる、そんな輩が大勢いるが、日本人の私にまでタクシー代をくれるようなお金持ちもいる。「フィリピンの人達って、どんな人?」たまに、聞かれる事があり、いつも説明に苦慮してしまう。それだけ、一概に言えない。とにかく、振り幅が大きすぎて説明がしずらい。

 

顧客様が、ふとフィリピンを見て言う「戦後の高度成長期前の日本のようですね。」「これから、発展していくのでしょう。」同意も否定もせず、ウンウンと頷く。心の中で、違うな。。。と思いながら。

私はフィリピンに日本の過去ではなく未来を見ている。これからも、フィリピンは発展していく、間違いない。但し、それは日本の高度成長期のような全体的な発展ではなく、部分的、一部が発展していく、数値上は底上げになるが、決して顧客様がイメージした全ての人々が文化的な暮らしができるようになる姿ではない。

 

それは、近代的な最新設備の病院の前の路上で、人が死ね姿である。

 

フィリピン独り言2

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フィリピンに住んで4年になる。少し前に、”ラッスンゴレライ”と聞いて慌てふためいた。何の事だがサッパリ分からないのである。その後、必死でYouTubeで勉強したが、それ以降、日本の情勢には毎日チェックするようにしている。

 

主な情報源がネットになるので、若干日本の空気感との温度差があるのでは?それが、最近の不安である。私は、元々、流行りに強くないので、ましてやフィリピンにいれば日本の流行りは「風前の灯火」である。もう、かすかに見える陽炎(かげろう)のように遥か彼方に浮かぶ蜃気楼になってしまう。

合っているのか分からないが、日本の政治は「森友学園問題」が大きな政治トピックになっているのではと推測している。

 

ネットでは右翼が左翼が、と論じている。正直、個人的な意見を言えば、そんな時代は過去であり、色々な意見があって良いでしょう。単純にカテゴライズして、人をこういう人だと当て込める。世の中は、もっと複雑で複合的で、結果は半分偶然に創造される。陰謀論は好きではないし、かと言って、全ての公式報道機関が何のフィルターもかかっていないとは思わない。

かつて、企業に勤めた経験があれば簡単だが、新たな商品ができればマーケティング部門が市場を作ろうとする、広告代理店と一緒になったり、出版物で販促活動したり、イベントを開催したり、流行りは企業に創造される、つまりキッカケは作られる。但し、その後どう動くは誰にも分からない。副産物や副作用が生まれる事もあり、人間は未来を確定できる程、そんなに賢くない。

 

ただ、一番のマーケティング手法とは、行政機関と一緒に、推進していく事が、市場を作る上では最も効果的である。信頼も得られる。商売上での商品の信頼性を訴えかける事は、何よりも大切な事だ。其の為、最終的に企業は、政治と結びつく。それは、思想性ではなく、商売の何処とつながれば、効果的か?という単純な損得勘定である。

寄らば大樹の陰と極に集まってしまった結果、1強状態が創造されたのであろうと想像してしまう。

 

1強状態が続く事で、1強に近づく事が出来なかった勢力、とはより隔絶し、日本の政治は、一見私から見ると非常に硬直化してしまっているように思える。弱者はより無力で抗えず、強い者は強弁を振る事で正当化する。世論は2極化して、歩み寄る事ができなくなってしまった。結果として、極端な教育を推進するグループと政権がより近くなり、大きな旗の元、「こちらが正しい道」と。

 

これが、「日本の伝統だ」と言って、現状がダメという。保守とは元来、現状を大きく変化する事を好まず、現状を維持しながらより良い方向を導き出す。革新とは、現状を憐れみ、大きな変化を目指すものであるはず。日本の保守は革新になり、革新が保守となる。なぜか、日本はあべこべになって、それに誰も気づかない。

 

 

フィリピン独り言1

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実は、私は日本で普通にサラリーマンをしていた。別に、ブラック企業でも何でもない、当たり障りのない普通の企業だ。別に待遇は悪いわけでもなかったが、退社後、現在、フィリピンで慎ましく生活をしている。

 

営業部門で、1部上場の100%子会社。比較的安定していた。成績はそこそこ?で、よく転勤で飛ばされた。その為、地方にいる事が多く、当時付き合っていた彼女とは、入社3年目だったか、4年目だったか、別れてしまった。

既に、バブルは弾け、前年対比を守る事がやっとの中、目標予算は110%〜120%の設定でなければ、認めてくれない。特に、待遇が悪くはなかったが、私個人の意見を言えば辛く、幸せは感じれなかった。それでも、何とか、小さな事業所へ行っても、数字を出す為の努力はした。

 

彼女と別れた後、新しい彼女もできず、夜な夜な接待でのキャバクラ三昧であった。土、日はクライアントさんとゴルフ。気づけば、会社以外の事は全く無くなってしまった。仕事は嫌いではなかったが、酔っ払ってキャバクラから帰り、ネクタイを緩め、シャワーを浴びずに、ベットに突っ伏す。そんな生活の連続だった。

選挙になれば、選挙事務所へ応援、手伝い。建築資材関係の営業だった為、そんな事ばかりであった。朝から晩まで、携帯は鳴り響き、便利さは、何か不自由に感じた。

 

今、逃げるようにフィリピンに来て、幸せに暮らしている。収入は、激減したが、それでも、今の方が幸せだと思っている。

 

フィリピンに訪れた日本人は、フィリピンの全ての質の悪さに、驚きと嘲笑するのは間違いない。サービス産業の質の悪さはピカイチである。彼らは、他人の立場に立って物事を考える事が苦手なのだ。まず、自分が一番。

レジ打ちながら、携帯を眺め、列をなしていても、気にしない。ビニール袋をないのに気づいて、取りに行く、(事前に用意しておきなさい。)。

お客様がどう感じるか?皆、気にしない。強く注意すれば、「仕事や〜めた」といなくなる。給料日が遅れようならクレームの嵐だが、自分の遅刻はどこ吹く風。

 

数字必達と焦る、焦燥感もなければ、ビルから飛び降りてしまった友人のような悩みもない。他人を思いやる気持ちは、忘れないよう心がけているが、自分を大切にする事がまず健康的に生きる事には大切だと、教えられた気がする。

 

そんなフィリピンだからこそ、未だに目の前の道路工事が続く。もう半年。いつ、終わるのだろう。車が入ってこれず、すっかり売上が落ちています。

 

 

ご両親へ、ご挨拶。#5 ( コルトガバメント)

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無言での注ぎあいが続く中、第一声は、お父様の「I'm surprising...」であった。

ドキッとする言葉であった。今まで手塩にかけて育てた娘が、、、、、

「Sorry...」小さく呟いた。

 

体の大きなお父様も、傷ついていたのだ。テーブルに横たわる”コルトガバメント”も既にオブジェのように、私の目には写っていて、怖さはなく、何となく寂しい光景でしかなかった。

 

その後、堰を打ったように、私は説明した、何も心配いらない、と私が守ると、 禿げているが、誠実ではあると、(誠実ではないかもしれないが、正直ではありたいといつも思っています。)

 

知らない間に、2人で1升瓶を開けてしまっていた。既に、ほろ酔いでお互いに何を言っているのか、あまり理解のできないまま、握手をした。でも、確かに何か通じた、と少なくても私は思っている。

翌日は、朝6時にはお父様は起床し、仕事に向かう。ごつい250CCに跨り、巨漢を揺らし出勤する。どこでも、父は強いのだ。そう感じた。そして、自分の「奥さん」のお腹にいる子供へも、何か責任感のようなものを感じた。

 

寛大なお父様の許しを得た、「奥さん」はそれはそれは、晴れ晴れとしたお顔で、どう私のファミリーは?といった調子だった。彼女は知らない、この男同士の無言の応酬と、互いに理解不能な言語での会話、そして理解し合うという顛末を。

最近、思うことは。国籍の差よりも性差の方がずっと深く、中々理解しあえない。でも、男同士でじっくり向き合うと、何か見えてくるものがあるのだ。

 

言葉はツールでしかない。最後は自分自身だな。海外で暮らして、一つまた良い経験をしたようです。