フィリピン ハゲ ちゃびん日記

フィリピーナと結婚し、1女を設けてしまい。フィリピンに滞在すること事を決意。既に、数年を経過。。。フィリピンから見た日本そして、日本人から見たフィリピン。何が正しく、何が間違いなのか、混沌する世界をさておき、ひたすらに、文化の違いに悪戦苦闘する日々を綴る

セブの渋滞事情(交通事情)

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 お正月のボヤっとした、のんびりした雰囲気もすっかり、打ち崩され、すっかり普通の日常に戻っている最近ですが、年明け早々、忙しくなってきております。

 

 そんな中、営業中心の私は、やはり打ち合わせ何だと、マクタン島の事務所からセブ市内へ行く事が多々あります。特に、最近イライラするのは、本当に渋滞がひどい事。今まで1時間もかからず行っていた場所が、2時間、時には3時間と全く時間が読めないくらい、渋滞がひどくなりつつあります。

 数年前までは、車のローンがなく、現金払いのみだったフィリピンでは、車はお金持ちのステータスでした。(今もその傾向はあります。)しかし、数年前より、車のローンが始まり、比較的小金持ちや中流庶民も車を持ち始めると、一気に車の台数が増え、ここ最近は渋滞が慢性化して、ものすごい事になっています。

 

 特に、夕方3時を回ると、どこもかしこも渋滞で、以前は「この辺は混むな」と予想できたのに、今では、至る所で渋滞です。例のごとく、私は渋滞に昨日はまり、重要な打ち合わせに1時間の大遅刻。。。やってしまいました。。。もう、「後半は絶対に歩いた方が早いな。。」と思いながらも、「もう、いいや。。」という投げやりな気持ちで、連絡だけは入れて、大人しくタクシーの中で悲しんでいました。

 

 庶民の足である、ジープニーやハバルハバル(モーターサイクルタクシー)、そしてバンやバス、全てが車で公共交通機関は無し。とにかく、交通網が素晴らしいのは船くらいで、それ以外はダメです。


船交通について:
7,000近くの島からなるフィリピンでは船移動が結構発達しています。
遠出するならフェリーが便利、各都市へ繋ぐフェリー便があります。
例えば、セブからミンダナオでは、夜間フィリーで11時間程度。実際飛行機だと1時間ですが、夜間で寝て起きたらつきますので、安いし以外に遅延もない。はっきり言って飛行機より疲れないです。(飛行機はしょっちゅう遅延しています。)金額は片道1,000PHP程度です。

近場でも以外に知られていないのが、バンカーボートでの移動です。例えばセブ島の田舎の方に行きたい時、バス利用が一般的ですが、現地の人は結構バンカーボートで移動します。金額は20PHP~100PHP(距離による)程度です。ボホール島等のリゾートアイランドには、ジェット便(水上ジェットというのかな?)もあり、往復で1,000PHP程度です。

 

とにかく、陸上交通網の渋滞が年々酷くなっている。何とかしてほしいですが、、道路状況は悪いし、工事始まれば1年間くらい工事してるし、信号は少ないし、信号があっても時間設定がおかしいのか、やたら渋滞ができるし。。とにかく、フィリピンセブエリアには「モノレールを作ろう!」という運動が以前からありますが、一向に始まらない。そろそろ、車では移動できなくなってきてしまうのでは?と危惧してしまうほど、酷い交通網です。

しまいには、タクシードライバーが渋滞が酷いから、追加費用払えとか、、乗車拒否とか、、「それって、私のせいですか?」という押し問答。

まあ、イライラしない、南国ですから、と自分に言い聞かせてます。セブに来た際は、あまり混み入った予定を立てない、十分にゆとりある過ぎるくらいの予定で動いた方が、良いです。

2018年の抱負

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明けましておめでとうございます。

 歳をとると、1年が早くあっとゆう間に時が過ぎてしまいます。ついに40歳を過ぎ初老を迎えたとなると、未だに中学生レベルの思考回路しか、持ち合わせていない自分に愕然としてしまう事があります。しかし、自分自身、反省もせず、のうのうと生きてしまった以上、「まあ、しょうがない。人間そうは簡単には変わらない。」という、楽観主義を自でいく生き方、がすっかり板につき、これは個性として前向きに捉えるしかないでしょう。(と、言い聞かせる毎日です。)

 

 さて、今年の抱負でございますが、個人的に計画する(ここ数年)商売案件がなんとか形になりそうなので、しっかりと現実として設立まで漕ぎ着ける事、これが大きな目標の一つです。後は、自分は大した事が無い人物の為、いちいち失敗や周りの評価は気にせず、「まず、楽しむ」事を大切にしたいと思います。

以前は、私自身、自分の能力の無さを、悲観してしまったり、他人と比べて「どうして、私には出来ないのだろう。。。」と自分に失望してしまったりしておりました。

フィリピンに来て良かったな。と思う事はこの部分です。彼らは、もっと悲しい事や、不幸な事がいっぱいあるにも関わらず、逞しく、そして朗らかです。勿論、良い事ばかりではなく、他人と比較して嫉妬したり、他人を殺すほど憎んだり、恨んだりと、ある意味、日本人より感情的な部分もあります。でも、まるでフィリピンの気候のように、激しさの中にも、カラッとした軽快な部分を多分に感じます。物事に固執するのに、時間的な固執はなく、何か引きずらない「潔さ」のようなものを感じます。

 こちらに来て、数年を過ごし、奥さんと仲良く(喧嘩しながらも)過ごし、子供は無邪気に日々成長してくれます。自分は失敗しながらも、日々新たな挑戦がこの歳で出来ている事が、幸せだな。と本当に感じる日々です。それも、フィリピンの気候と風土の中に、身を置く事で、自分もどこかフィリピンナイズされつつ、日本人の意識は持ちながらも、反省せず、少し図々しくなって「ま、いっか。」と時をやり過ごす事ができる能力を持った事、と言うと、少し大げさでしょうか。その、漠然とした未来に対する不安は、人間全てが持つ共通の悩みなのでしょうが、また同時に、いつまでも付いて回る悩みであり、そこをフォーカスしていてもしょうがない、「今が良ければ、それで良い」「神のみぞ知る」的な、日本人の感覚からすると、ちょっと怠惰な、その感覚を肯定できる環境が、自分に心地よい、そういう事だと思います。

 

 かと、言って、一緒に怠惰に暮らしましょう。という事ではなく、上述に戻ってしまいますが、結局、人間の能力等は限界があり、自分は天才でもなければ、努力家でも無いと。そうなると、自分の器の中で頑張って、乗り越えられなければ「未来は無いではなく」「他人に助けてもらうしか無い」というある意味他力本願的でありながらも、周りに感謝する事を忘れ無ければ、良しとしよう、という。だから、日々の生活は、ちゃんとしよう「神様見ているから。」的なフィリピン思想が板に付いてきております。

 全く「神さま」を信じていなかった私自身の最近の大きな変化は、「神さま」的な見え無い力はどこかにあるかも?と思い始めている事です。むしろ、「神さま」いるかも?、いや、フィリピンには「神さま」いるね、と変化している事です。

 

 各国共通で悪い事は重なりますが、一つ良い事があると、連鎖的に「ラッキー」が起こったりして、たまに「神さま」いるな(むむむっ、、見てるのか)と思うと、他人の目と言うより、は自分自身の目で「ちゃんとしなくては。」と思う、今日この頃なのです。この「ちゃんと」は明確なルールも無く、いくらでも言い訳ができるわけですが。。。でも、せっかくフィリピンに来て、楽しませてもらっているので、自分の思う「ちゃんと」を最低限努力し、「奥さん」と「娘」がキャピキャピしてくれる環境を構築し、そして余力でちょっと自分も「むふふっ」と楽しむ。

 それを今、「神さま」に誓います!ので、今年も宜しくお願い申し上げます。

これからの時代(日本のネット環境)

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日本にいると、あまり未来に希望が見えない、そう思われている方いらっしゃるのかもしれませんが、私は決してそうは思わないです。

私が、そう書き出したのは、何を隠そう、この自分自身がそう思い込んでいたからという事が言えます。フィリピンに来て早、4年越え、5年目に突入した現在、貧乏ながらも未来にワクワクする毎日を過ごしております。

 

なぜか、まず従前にも書いているように、未来は確実にアジアの時代です。中国を中心としたアジアが最も面白く、輝くとそう確信があるのです。確かに、日本という国内事情を見ると色々と、暗雲としたものが存在するのは確かかもしれません、ただもう少しマクロに捉えると、面白くなってきます。
中国人と言われる、13億以上の方々が、ある程度豊かになりつつあり、そしてまたインド8億と言われる方々が、それに追いつけと、経済発展していきます。ビジネスをやっていると良くわかると思いますが、どんなに良い商品を作っても、どんなに良いサービスを作っても、市場がない限りは意味の無いものになってしまいます。但し、そこに1000人でも共感者、ファン、が出来ると一気に面白い事になっていくのです。

もっと言えば、市場と一緒に作る、商品やサービス、「コミュニティービジネス」のような形態が一番、強固な繋がりを作り、そしてビジネス(商売)の本質的な意味で、合理的なビジネスになるのでは無いでしょうか?つまり、市場と作り手の距離感が短く、その「コミュニティー」が欲するものに対応していく、ビジネスモデルです。

従前にある、商社や代理店を通さず、市場が同時に作り手になる、作り手が同時に顧客にもなる、そこにあるのは「繋がり」で個々の信頼関係であり、それが「コミュニティー」です。サラリーマンのように、大きな組織に身を委ねる事は、決定が遅くなり、稟議で多数意見を伺う事で個性もなくなります。今までの、日本の会社「サラリーマン会社」(ワンオーナー会社ではなく)は益々、衰退してしまうと思います。

 

実は、こんな形態は以前にもあり、桶屋さんが、魚を買いに魚屋へ行き、魚屋が近所の醤油屋へいくのです。まさしく、以前の日本のようです。それが、大規模スーパーになり、大量消費経済になり、結果的に非合理的になってしまった。そんなところでしょうか。しかし、今後は私は逆転していくと思います。

 

これを起因するのが、ITのテクノロジーです。各Userがフォーマット上(コミュニティー?)緩く、繋がり、個々がそれぞれ、モノやサービスを提供していく、そんな事は既に始まりつつありますし、今後もその流れは変わら無いと思います。そしてこれが、チャンスだと思うのです。各個人がそれぞれ独立した個として、存在する。どこかの背景に属さ無い、今後はその事に慣れる必要があるかと思います。未だに、日本では「電通で働いています」というエリート。。。という感覚。つまり、どこの集合体に属しているかという事がある意味ステータスでありましたが、今後はより個にフォーカスして、「あなたは何をしているのか?」という、より本質的な問いの中で、相手を判断していく事になるでしょう。

ミクロの事象から言えば、「どこで働く」という事が、既にあまり意味のないものになりつつあります、これはITの進化で、私も先日フィリピンにいながら日本の口座で金銭のやり取りをしました。つまり、私の書いた文章が日本で読まれ、そうして私はフィリピンにいながら日本での取引が可能です。

クラウドファンディング等のように、お金の有る、無し、もそんなに重要でなくなるかもしれません。重要な事は、あなたの企画にどれだけの共感者(ファン)がいるのか?あなたの企画がどれほど、面白いモノか?個人的には、結局そこにフォーカスしていくかと思います。これは有る意味、万人に平等で、国籍や性差、貧富に比較的関わらず、機会が与えられている社会ではないかと考えています。

 

中々、ワクワクする社会ですね。色々なチャンスがあるし、色々な人と繋がれる。但し、前提条件としては、その大きな市場とモバイル、ネット環境と繋がる必要があります。特に、中国やインド等、のアジア各国とネット環境で繋がっていく。言語の壁は、Google翻訳の精度とともに、どんどんなくなってしまうでしょう。

ただ、不安は日本のみまだSIM Freeではない社会、実はネット環境が遅れているのは、日本だと感じています。各Net会社のSIM Lockが掛かった形態が主流です。

フィリピンでは全てSIM Freeです。SIMさえ変更すれば、どこの国の携帯でも使えます。日本行った時に困る事は、一番ネット環境です。。。

これからの時代(日本のネット環境)

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日本にいると、あまり未来に希望が見えない、そう思われている方いらっしゃるのかもしれませんが、私は決してそうは思わないです。

私が、そう書き出したのは、何を隠そう、この自分自身がそう思い込んでいたからという事が言えます。フィリピンに来て早、4年越え、5年目に突入した現在、貧乏ながらも未来にワクワクする毎日を過ごしております。

 

なぜか、まず従前にも書いているように、未来は確実にアジアの時代です。中国を中心としたアジアが最も面白く、輝くとそう確信があるのです。確かに、日本という国内事情を見ると色々と、暗雲としたものが存在するのは確かかもしれません、ただもう少しマクロに捉えると、面白くなってきます。
中国人と言われる、13億以上の方々が、ある程度豊かになりつつあり、そしてまたインド8億と言われる方々が、それに追いつけと、経済発展していきます。ビジネスをやっていると良くわかると思いますが、どんなに良い商品を作っても、どんなに良いサービスを作っても、市場がない限りは意味の無いものになってしまいます。但し、そこに1000人でも共感者、ファン、が出来ると一気に面白い事になっていくのです。

もっと言えば、市場と一緒に作る、商品やサービス、「コミュニティービジネス」のような形態が一番、強固な繋がりを作り、そしてビジネス(商売)の本質的な意味で、合理的なビジネスになるのでは無いでしょうか?つまり、市場と作り手の距離感が短く、その「コミュニティー」が欲するものに対応していく、ビジネスモデルです。

従前にある、商社や代理店を通さず、市場が同時に作り手になる、作り手が同時に顧客にもなる、そこにあるのは「繋がり」で個々の信頼関係であり、それが「コミュニティー」です。サラリーマンのように、大きな組織に身を委ねる事は、決定が遅くなり、稟議で多数意見を伺う事で個性もなくなります。今までの、日本の会社「サラリーマン会社」(ワンオーナー会社ではなく)は益々、衰退してしまうと思います。

 

実は、こんな形態は以前にもあり、桶屋さんが、魚を買いに魚屋へ行き、魚屋が近所の醤油屋へいくのです。まさしく、以前の日本のようです。それが、大規模スーパーになり、大量消費経済になり、結果的に非合理的になってしまった。そんなところでしょうか。しかし、今後は私は逆転していくと思います。

 

これを起因するのが、ITのテクノロジーです。各Userがフォーマット上(コミュニティー?)緩く、繋がり、個々がそれぞれ、モノやサービスを提供していく、そんな事は既に始まりつつありますし、今後もその流れは変わら無いと思います。そしてこれが、チャンスだと思うのです。各個人がそれぞれ独立した個として、存在する。どこかの背景に属さ無い、今後はその事に慣れる必要があるかと思います。未だに、日本では「電通で働いています」というエリート。。。という感覚。つまり、どこの集合体に属しているかという事がある意味ステータスでありましたが、今後はより個にフォーカスして、「あなたは何をしているのか?」という、より本質的な問いの中で、相手を判断していく事になるでしょう。

ミクロの事象から言えば、「どこで働く」という事が、既にあまり意味のないものになりつつあります、これはITの進化で、私も先日フィリピンにいながら日本の口座で金銭のやり取りをしました。つまり、私の書いた文章が日本で読まれ、そうして私はフィリピンにいながら日本での取引が可能です。

クラウドファンディング等のように、お金の有る、無し、もそんなに重要でなくなるかもしれません。重要な事は、あなたの企画にどれだけの共感者(ファン)がいるのか?あなたの企画がどれほど、面白いモノか?個人的には、結局そこにフォーカスしていくかと思います。これは有る意味、万人に平等で、国籍や性差、貧富に比較的関わらず、機会が与えられている社会ではないかと考えています。

 

中々、ワクワクする社会ですね。色々なチャンスがあるし、色々な人と繋がれる。但し、前提条件としては、その大きな市場とモバイル、ネット環境と繋がる必要があります。特に、中国やインド等、のアジア各国とネット環境で繋がっていく。言語の壁は、Google翻訳の精度とともに、どんどんなくなってしまうでしょう。

ただ、不安は日本のみまだSIM Freeではない社会、実はネット環境が遅れているのは、日本だと感じています。各Net会社のSIM Lockが掛かった形態が主流です。

フィリピンでは全てSIM Freeです。SIMさえ変更すれば、どこの国の携帯でも使えます。日本行った時に困る事は、一番ネット環境です。。。

アジアと中国と日本

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diamond.jp

またまた、ダイヤモンドオンラインの記事です。中国の観光客の方々、日系企業で働く方の本音と思われる部分が記載あります。

現在、フィリピンのセブエリアでも、韓国、日本からの旅行客様が伸び悩んでいる中、中国からの旅行客様は前年比2倍の伸びで、現在韓国から150万人(No1)程度、日本からは60万人程度(No3)という頭打ちになっている状況で、あっという間にNo2に躍り出て、来年はNo1になってしまうであろう国、「中国」です。圧倒的なボリューム、と金額的なシビアさ、でセブを観光業界を恐々とさせている状況です。

 

特に、こちらでも言われるのは、中国のキャッシュレス、ペーパーレス社会の先進性です、上記のブログでもありましたが、日本もフィリピンもまだまだ現金社会で、なかなか現金所有感覚から、抜け出せない、また原紙保管文化からも抜けられない。。。そういう意味ではフィリピンも日本も変わらない部分があります。

 

これは、日本の印鑑文化や、偽造が難しい紙幣等、高度な技術への信頼性が、日本の場合は遠因となっているのでしょうし、フィリピンの場合に確実にネット環境のインフラ不足でしょう。いずれにしても、新たなステージへ踏み出すのは、どんな物事であれ、怖いものです。既存の価値をどこか一部、場合によっては全て捨て去る勇気が必要です。それは、不透明で不安がよぎる、大変な作業かもしれません、希望に満ち溢れる新たなステージへの船出はないのかもしれません。

 

日本に年に1度程度、帰る機会がありますが、いつも思うことは、「日本は変わらないな」という感想を持つことです。株価が高値が続いているとか、企業収益が過去最高とか、そんな経済を横目で見ながら、帰りの成田空港から京成線スカイライナーの景色はフィリピンに最初来た時と何も変わらない景色が広がります。たぶん、これが実感ではないでしょうか?私が言いたいことは、日本は変わっていない、けれど、他アジア諸国が刻一刻と変化を遂げる中で、日本は変わらない。つまり、相対的な外から見た日本は、認識者の意識が変わっている分、日本の価値は変わっているのだということです。


今の日本の価値は、どこか郷愁を感じさせる、伝統文化が残り、安心安全に暮らせる国。”人が優しく、高齢化している成熟した社会”ではないでしょうか?
ハイテック、最先端、物価が高い、これは既に日本の過去のイメージです、フィリピンでもマニラ都市部は東京と変わらない場所はあります。他アジア主要都市(香港、マカオ、上海、クアラルンプール、シンガポール)は、多少違いがあれど場合によっては東京より割高に感じる事が多々あるかと思います。これが、今現在の状況ということをやはり把握した上で、日本の戦略を考えないと間違う事があります。

こんな事は常識として既に、知っている方がたくさんいるでしょうし、改めて言われる必要ないよ。という方もたくさんいるでしょう。

 

しかし、まだまだ、日本の方で、「日本凄い」に洗脳されすぎている方が、個人的なネット環境上たくさんいらっしゃるようなので、逐一ブログでご報告しております。勘違いして頂きたくないのは、「日本がもうダメだ。」と言っているのではなく、私はマーケッティングやセールスをやってきた人間なので、その物やサービスを販売する際の戦略やプロモーションの仕方は、その物やサービスをよく知る必要がある、という単純な事で、それを間違うと詐欺にもなるし、遺恨も生まれるし、期待も下回ってしまいます。でも、的確な戦略とプローモーションを行う事で、顧客(市場:金の出し手)にさらなる満足や、さらなる価値が生み出せる、日本的に言うならば「もったいない」と思うのです。

 

最も基本的なマーケッティングリサーチは、まず「己のを知る」事から始まります。自分達の商品価値をを知る事が新たな市場開拓、価値創造の種になるのです。

若者とオッさんとアジアと中国

 

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対中国戦略の失敗。特に家電メーカーの中国戦略は最初から間違っている。中国企業との合弁を嫌がったため、ハイアール、長虹、康佳、TCLなどの家電産業の勃興を許し、中国企業とともに成長していく機会を失ってしまった。

 

diamond.jp

 

上記は少し以前の記事になりますが、今年の3月にてダイヤモンドオンラインで掲載された記事の一文より、抜粋しております。
まさに、私が言いたい事が、この一文に集約されているような気がしています。筆者様の意図と違うところにあれば、大変申し訳ございませんが、私が反中嫌韓という差別的思想が背景にあるのは、日本アジア一強時代の郷愁から抜け出せず、「日本凄い」思想が、今の中高年に色濃く残り、また、反動から台頭する中国への恐怖心を別の表現方法で、示した現実逃避の一種。と勝手に推測しています。

私が言いたいのは、反中であろうと、嫌韓であろうと一向に個人的に構わないのですが、(自分の行動範囲に関わる事がない限り、どのような考え方、思想をお持ちであろうとであろうと気にしません。)この現実逃避の一種である、差別思想により、どれだけ機会損失が生まれ、経済的に遅れをとったか、また、巨大日本企業の間違った選択により、どれだけの労働者が貧しくなってしまったのか、経営判断の稚拙さです。これを、どこの方が「日本人凄い」とおっしゃているのか疑問しか感じません。個人的な思想を語る事を否定しませんし、好きに、大いに喋り合えば良いかと思います、しかし、結果的には多くの機会損失をし、「いづれ中国経済は破綻」「中国企業は信用できない」というエセ経済知識人反中派は、それを市場分析から私情分析へ変換し、間違った方向へ導いた罪は、日本巨大企業経営者含め、大きいと思うのです。未来への責任感の欠如、反知性主義極めりといった感じでしょうか。

 

いづれにしても、中国は今や全ての問題は中国抜きでは解決できず、我々のような小さなフィリピン企業でも中国市場は最も重要なマーケットとなりつつあるのです。もっと、分かり易く言えば、中国ではネットがまだ解禁されていません。FacebookTwitterは使えず、中国独自のソーシャルメディアを使用する他ないのですが、日本では「中国包囲網」等という間違った政策が行われましたが、今や当社ではWeiboやQQという中国のソーシャルメディアを使い、包囲するどころか、悪評高い規制されたネット環境に何とか入り込もうと躍起です。

分かりますでしょうか、良いとか悪いとか問題ではなく、素直に彼らはパワーがあり、13億以上の市場があり、貧富の差はあるものの、確実に個々彼らは賃金が上がっており、市場として今一番魅力的な人達なのです。これは、ずっと以前より予測されており、上記文章にあるように、中国企業を「リスペクト」し合弁企業として日本企業が走り始めていたら、全く違った現在が日本にあったでしょう。現実に、そのチャンスが日系企業にあったのです。私は、この事に関しては、日本を思うからこそ、悔しくてたまらないのです。

そして、ただただ、差別思想を掲げ、間違った方向へ導く、つまり結果不利益な未来へ導く方こそ、日本へ対する裏切りだと思うのです。それを、愛国者とおっしゃる。長期的な視点に立ち、結果的に将来へ、我々の子供達へ、より明るい未来へと繋ぐ事が愛国者の考え方であるべきではないでしょうか?

是非、この若者の文章を読んで頂きたいです。個人的には感動するとともに、一人のオッさんとして、是非拡散したいと思いました。

gendai.ismedia.jp

非効率のススメ

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https://mainichi.jp/articles/20171127/dde/012/070/003000c
(毎日新聞より)

高学歴やプロフェッショナルな外国人が「働きたい国」に選ぶ順位で、日本はアジア11カ国中ビリ、世界の63カ国の中でも51位、という、がっかりな結果が出た。

 

と始まる記事を見ました。確かに、日々刻一刻と成長していくアジアの中で、日本は何か立ち止まったまま、何の解決策も見出せず、呆然と滑り落ちていくような感覚に陥りそうになります。前記事でも書きましたが、同じ土俵で、勝負していても意味がないのです。(勝ち目はないのです。)

 発想は全く変えていかなければ、ならないと個人的には思います。むしろ、旧然として得意分野である効率化や、トヨタイズムに代表される、徹底的なムダを排除した生産システムは日本ではなく、アジア各国が必要としているマネージメントシステムであり、今後日本を考えた時には、私は全く逆だと思っています。

日本は80%が内需で支えられた経済だと言われ、現在の低成長社会も労働者の賃金が低下したことによる、市場の収縮が日本経済への大きな打撃となった結果と言われることが昨今の通説です。

前記事では、フィリピン側から見た視点で、「日本こうすれば良いのにな〜」という個人的感想を羅列致しましたが、では日本で日本市場を相手にしている方々は黙って、グロバリゼーションに抗う事なく、没していく事しかないのでしょうか?

 

私はそうは思いません。

今、日本は、少なくてもフィリピンと比較すれば、極限まで効率化された、極端に合理性を追求した世界と言えます。それは、まるでボクサーのように体脂肪を絞り込み、下手したら死を覚悟しなければならないほど、このシワ寄せは末端で働く、各産業の現場の人間に行くのです。それは1〜2次産業のみならず、サービス産業にも起きて数年が経ってしまっているのです。フィリピンではマクドナルドのレジに各2名立っているのですが、それでも間違えが起きます。が日本では下手すれば、2台のレジに一人で対応するオペレーションが普通に見受けられます。(何と、献身的な労働者なのでしょう。)とても、小さな事象ですが、単純に言えばそういう事です。それでも、採算が合わないとなってしまっています。

分かりやすく、言うとそういう事なのです。今、効率的なマネージメントを欲しているのは、現在乗りに乗っているアジア諸国で、日本のように研ぎ澄まされたボクサー体型の方に、鞭打ってダイエットをする事を強要してしまえば、結果的に弱くなるだけです。そこで戦っても、勝ち目はないですし、もうそこは日本の土俵ではない事を自覚しなければいけません。元々の体脂肪率(余力)が違います。

だからこそ、前記事では、日本企業の経営陣の怠慢が、現在の日本の低成長を原因だと言い切ってしまいました。(色々とご意見はあるかと思いますが。。。)

例えば、友人に日本の包丁をメキシコで販売している方がいます、私が尊敬する人物の一人ですが、かれは砥石で和包丁を研ぎ、お客さんの持ってきた包丁も研いであげます。最初は番手の少ない砥石から始まり、仕上がりに近づくにつれ、番手をあげていきます。最後は、京都でしか取れない天然砥石(何万円もするらしいです、そして日本でしか取れないとは、素材がない意味ではなく、他国では探していないの意味です。)でまるで鏡面のように仕上げてあげるそうです。今や、もっと便利なものは沢山あるし、安くて性能の良い通販で売っているような包丁は沢山あるのでしょう。それでも、あえて高価な和包丁を買い、メンテナンスをしに彼の店にやってくるのです。

効率とは逆の、物に纏わる「物語」を売るのです。Story[物語]、が全ての商品や、経験(サービス産業の場合)に付随する背景を売るのです。こんな人達が、こんな材料を使い、こんな場所で、あんな物が出来上がったり、それが新たな価値を産み、新たな市場を作るのです。それを説明するには、「こんな人達」をブランディングしなければいけません、「こんな材料」は素晴らしいです、「こんな場所」は非常に意味や意義が伴い、「あんな物」は一見同じ物でも、まるで違う価値を産むのです。

つまり、今、多くの日本の企業がやっている事は真逆です、今まで見えなかった部分の背景にお金をかけ、そこを見えるようにプロモーションしていくという事です、今の一般的な会社の考える効率化の逆です。

私自身、タカタのエアーバックや、無資格者の点検等の数々の大企業の失態の全ての原因はここにあると思うのです、無理やりボクサーにダイエットを強要する行為です。今は、彼らがさらに強くなれるよう、設備投資(人的にも)をするべき時なのです。価格とは違う、新たな価値の創出、それができない大企業は、今後も、勝ち目の無い戦いを繰り返し、人を不幸にし、失態を犯し続けるのでしょう。